米国の「相互関税」から1カ月 スイス経済への影響は?
米国のトランプ大統領がスイスに対し異例の相互関税率39%を発動し1カ月が経った。国内では影響が徐々に現れ始めている。
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米国の相互関税率で、スイスよりも税率が高いのは5カ国だけ。全ての先進国および欧州諸国の中で、スイスが最も高い。米国はスイスの主要貿易相手国であるため、一部の業界は打撃を受けた。
これまでの経緯は?
トランプ米大統領は4月2日を「解放の日」と位置付け、多くの国々に対し輸入関税の一括引き上げを発表した。スイスは31%で、国内に大きな不安が広がった。しかし、スイス連邦政府と経済界は、交渉で引き下げは可能だと楽観した。政府は交渉が成功したとして、一時は英国並みの10%になると確信していた。
だが、スイスの建国記念日である8月1日、トランプ氏は4月の31%をさらに上回る39%をスイスに突きつけた。スイス国内には衝撃が走った。
どの業界が最も大きな影響を受けている?
具体的な影響がどの規模になるかはまだ明らかでない。しかし、すでに一定の結論は導き出せる。スイス連邦経済省経済管轄局(SECO)は、スイスの輸出全体で影響を受けるのは約10%と予測する。これは医薬品と金は「相互関税」の対象外だからだ。しかし、これら 2 業界は、対米貿易黒字額約390億フラン(約7兆円)の最大要因でもある。トランプ氏は、対スイスの貿易赤字を元に関税率を弾き出したとされる。
時計業界とスイス技術産業(機械、電気、金属を含む)は、相互関税の影響を最も強く受けることが予想される。精密機器、時計、宝飾品、機械は医薬品と並び、スイスの主要な対米輸出品だからだ。
関税の影響は地域ごとに大きく異なる。スイス西部のいくつかの州では、全労働者の 30% 近くがハイテク産業や時計産業に従事する。一部の州は、対米輸出の割合が特に高い。多くの企業はトランプ氏の施策を予想し、関税発表前に対米輸出を前倒しした。このため現時点では正確な影響を図ることは難しい。
さらに、ドル安・フラン高が進んでいることも、輸出価格の上昇という二重の負担を生んでいる。
スイス経済全体にとってどのような意味があるのか?
スイスの4~6月期の 国内総生産(GDP) 成長率は前年同期比0.1%増と、1~3月期の0.7%増から鈍化した。トランプ政権が強硬な貿易政策をとることは織り込み済みで、この数値は予想の範囲内だった。景気低迷は一つの問題だが、むしろ不確実性の方が問題だと、SECO は述べている。
とはいえ、SECOは深刻な景気後退が起こるとは予想していない。全体として見れば、スイス経済にとって最も重要な市場は米国ではなく欧州連合(EU)だ。
しかし、経済的な打撃は確実に発生する。スイス企業は95億ドルの売上高減、40億ドルの減益が見込まれる。これは主に、米国への輸出が4分の1減少すると予想される、高品質の製品を取り扱う産業で発生する。連邦工科大学チューリヒ校(ETHZ)の経済調査機関 KOF の最初の予測では、GDPは年間最大0.6%減少する。製薬業界にも関税が課せられた場合、その減少幅はさらに大きくなる。
現在の失業率は約2.7%で、過去20年間のスイスと比較すると、かなり低い。SECOは、緩やかな失業率の上昇を見込む。2026年の予想失業率は3.0〜 3.5%だ。経済団体エコノミースイスは、10万人の労働者が失業すると試算する。間接的な影響を受ける可能性のあるサプライヤーやサービスプロバイダーは含まれない。そのため政府は、パンデミック中に有効性が実証された操業短縮制度を拡大する方針だ。
連邦内閣は関税の引き下げに積極的に取り組むことを早々に明らかにした。その一環として、トランプ氏に「改善された提案」を行う意向だ。その内容については、交渉上の理由から公表していない(スイス政府は、対抗関税を課すことはすでに否定している)。
しかし、EUなどと比較すると、スイスが米国に提供できるものは限られる。スイスのGDPや購買力は非常に高いが、人口はわずか900万人だ。米国の輸出産業にとって、スイスは特に魅力的な市場ではない。
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米国にとってどのような意味があるのか?
スイスは米国にとって第6位の対内投資国だ。他の国々とは異なり、すべての州に投資しているとSECOは述べている。さらに、スイスの投資を受けて米国の労働者が高賃金で働いている。投資家が米国から資金を引き上げた場合、米国経済の一部分野にも影響が及ぶことは必至だ。
中期的には、米国市場からの部分的な撤退が予想される。SECOの目標は、貿易協定を通じてスイスの輸出先を多様化することだ。これは、スイスの対外経済政策の重要な柱として長い間位置付けられてきたが、現在ではその重要性が高まっている。
医薬品と金は今後どうなる?
関税が免除されるこの2つの分野は、大きな議論の的になっている。トランプ氏にとって、これらは経済政策上、極めて重要な分野だ。米大統領選では医薬品価格の引き下げを公約し、スイス企業に対して継続的な圧力をかけることでそれを実現しようとしている。また、トランプ氏は金に個人的な親近感を抱いていると言われ、それが理由で対象から外れたとも憶される。
高付加価値産業であるスイスの医薬品も対象外だが、製薬企業は生産を米国に移転するよう強い圧力を受けている。医薬品価格は大部分が米国で決定されているにもかかわらず、間接的な方法で価格に影響を与え、さらに新たな雇用を創出するよう求められている。
金に関しては状況が異なる。スイスには大規模な金精製所がある。国内経済での重要性は低いが、貿易統計上は大きな存在感を放つ。スイス政界では、対米貿易赤字をいかに増やさないか、あらゆる策が公然と議論されている。
編集:Benjamin von Wyl、独語からの翻訳:宇田薫、校正:ムートゥ朋子
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